『原住民は裸足だ。至急、靴、送れ』 ~蜂蜜酒の正規Tradeに向けて~ 1月 15日, 2010年 by 阿月まり
企業の管理職セミナーや自己啓発セミナーでよく引き合いにだされるエピソードがある。
南の島に、ある大手シューズメーカーから2人のセールスマンが派遣された。
原住民が裸足で歩いているのを見て、
一人は、「原住民は裸足だ。ここでは靴は売れない」
一人は、「原住民は裸足だ。至急、靴、送れ」
前者は手ぶらで引き返し、後者は現地で大儲けした、というエピソードである。
『蜂蜜酒』においては、私は、多分、後者なんだと思う。
日本には、食前酒を飲んだり、家庭でショットグラスで酒を味わうような習慣がない。好みも淡麗辛口の方がずっと多い。
だから「売れない」と考えるか、「勝機あり」と考えるか。
非常に乱暴な決断ではあるけれども、私は、「土壌がないからこそ、チャンスがあるのではないか」と思った。
すでに熟成したマーケットに、ポーランド産のワイン片手に乗り込んでいっても、誰も珍しがらないけれど、旅行者や識者の間ではレジェンドになっている幻の逸品を片手に未知のフィールドに立てば、とにもかくにも『目立つ』。
「アレが、ついに日本でも買えるようになったのか」と。
その一言を聞きたさに、素人ながら、畑を耕しているような感じ。
でも、本当にアピールしたいのは、ポーランドの食文化であり、家庭文化なのだ。
Miód Pitnyには、ポーランドの良さが凝縮されている。
少なくとも、私はそう感じる。
今は「未知の飲み物」でも、10年後にはこう知られているだろう。
『ポーランドの名産』。
ショパンとアウシュビッツだけがポーランドじゃない。
ポーランドの本当の良さは、田舎でマトリョーシカのような頬被りをしたバプチャ(おばあちゃん)に、ちょっと乾いた感じのChleb(パン)と、自家製の果実酒、一家の主が仕留めたという鹿の肉と一年も漬け込んだレッド・ボルシチをご馳走になった時、よく分かる。
今のこの時代に、こんな人の暮らしがあるのか、と。
きっと目を見開かれるような思いがするはずだから。
いつか、「ショパン」と「アウシュビッツ」以外のところでポーランドが広く語られるようになった時、私も自分のしている事の意味が分かるのだと思う。
思えば、世界の歴史はTradeの歴史でもあり、「東洋の美味しいお茶が飲みたい」という女王様のワガママが、七つの海に帆船を走らせ、砂漠の民の貢ぎ物が、シルクロードを拓いてきた。
これはいわば、『蜂蜜酒』という名のシルクロード。
今はまだ、一本の細い線が引かれたばかりである。
だが「もともと地上には、道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」と魯迅も言うていた。
いつか、このミード・ロードが、日ポを結ぶ太い道になるように。
翼のある言葉 (新潮新書)
ドイツ語で“Gefl¨ugeltes Wort”(翼をそなえた言葉)といえば、「時と場所を超えて胸に飛び込んでくる言葉」のこと。古今東西、書誌については知らぬことのない著者が、自ら落ち込んだ時、挫折した時に、励みとし、心の支えとした選りすぐりの言葉を収録。
―挫折の末に漱石が辿りついた言葉、小林秀雄の究極の一言、バッハの人生を支えた一語、知られざる『論語』の至言…等々。

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